第三話
著者:shauna


 独立商業都市ユフインはフロートシティから馬車で5時間という途方もない時間をかけて辿り着く山の中にある温泉郷だ。

 フロート公国に分類されながら、唯一、その都市自体に自治権が与えられており、よってフロート公国政府もここの都市には余程のことが無い限り、干渉できないようになっている。そのため、この都市では独自の文化が発達しており、自治している市長の出身地なこともあって、遥か東方の島国の文化を根強く残している。

 その一つが、この“浴衣”と言われる着物だろう。

 この地方独特の宿 ―“旅館”というらしい― が用意するこの着物はどうやらバスローブの一種であるらしい。しかし、どういうことか、この町ではこの服で外に出かけるのが一般的なようだった。
 
 確かに通常部屋着であるバスローブに比べると生地もしっかりとしており、柄も美しい。そして何より、上から裾の短いローブのような“羽織”と言われる着物をきることで
浴衣はその様を外着へと変えることができるようなのだ・・。

 まったくもって不思議なものであるが、着なれない服装に苦しむミーティア達とは打って変わり、聖蒼貴族の2人は着慣れた様子で市内を散策していた。そういえば、シルフィリアは寝る時には白い浴衣を着るとアリエスから聞いたことがある気がする。

 それにしても・・・

 こんな危なっかしい恰好でよくもまあ、ああ堂々と歩くことが出来るモノだ。

 堂々と歩くシルフィリアとは異なり、ミーティアの足取りは自然と内股になってしまう。

 「ミーティア・・どかしたのか?」
 「うるさいわね!!」
 
 アスロックが心配してかけてくれた言葉にもどこか棘がある言葉で返してしまう。
 だって、浴衣というのは下着の上に布一枚羽織ってそれを帯で止めただけ!さっきから一歩進むだけでも足が外に出てしまいそうで、おまけに胸元とかも見えてしまいそうで・・・

 「ミーティア・・本当に大丈夫か?」

 「うるさい!!こっち見んな!!」
 ああ・・違う・・・正直言って・・ちょっと嬉しかったりゴニョゴニョ・・・なのに・・こんな態度取るなんて・・まあ、恥ずかしいのは事実だけど・・

 それはさておき・・・

 「みんな〜!!」

 旅館の方から大きく手を振る一人の少女が居た。金髪が大きく揺れている。

 ドローアである。

 「夕食とっても豪華ですよ!!」
 
 「へぇ・・」
 アスロックが目を輝かせた。

 宮仕えのドローアが言うのだ。
 それは余程豪華な料理に違いない。
 

 更に・・・


 「お酒もたくさんありますよ!!」
 


 「おぉ・・」
 とその言葉に誰よりも眼を輝かせたのはシルフィリアだった。

 でも・・

 「あ・・でも・・私は・・・その・・・」

 とチラチラとアリエスを見ながらシルフィリアは肩身狭そうに俯いた。
 
 その表情には明らかに遠慮・・いや、躊躇が浮かんでいる。

 

 「飲みたいんでしょ?」


 対し、アリエスは柔らかな笑顔でシルフィリアを見つめた。

 「いや・・そんな・・ことは・・」

 モジモジとどこか煮え切らない状態のシルフィリア。

 というもの、シルフィリアは滅多に酒を口にしない。

 と言うよりは、アリエスの前では絶対に酒を飲まないのだ。

 もちろん、それは法律に引っ掛かるからでは無い。むしろ、この商業都市の条例ではアルコール度数の低い酒なら16歳から飲酒は可能であり、18歳になれば全面的に飲酒は認められる。

 では何故飲まないのかといわれるとその理由は分からない。

 まあ、おそらくは貴族であり、高貴であることに誇りを持つ聖蒼貴族としての名を持つ故なのであろうが・・・・


 「別にたまにはいいんじゃない?」

 呆れたようにアリエスが言う。

 「俺は今日飲まないし、少しぐらいハメを外した所で誰も文句は言わないと思うけど・・・」

 「で・・でも・・聖戦士が集まる場所で、もし誰か刺客でも襲ってきた時に、私が足手まといになるのでは・・・」
 「大丈夫。その時は俺がシルフィリアの倍働くから・・・それにここに居る全員ならどんな敵でも敵わないって・・」

 「そ・・そうでしょうか・・・」
 「そう。」

 ややあって、まだ悩んでいたシルフィリアにドローアが優しく囁いた。

 「シルフィリアさま。本日はミーティアさま始め大抵の方はお酒を召し上がりますし、その席で独り素面というのは・・・」
 少しマナー違反と言うか・・居心地が悪いと言うか・・・とドローアが付けたそうとした所でシルフィリアも小さく頷いた。
 

 「それも・・・そうですね・・。」


 ドローアとアリエスが軽く微笑む。


 だが・・・


 「では舐める程度に頂きますか・・・」

 そもそも、これが大きな間違いだったのだ・・・。


 この一言が、この後の地獄絵図に繋がる・・・



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